
三重県熊野市の山深い地に、まるで天空に浮かぶような美しい石垣の城があります。
それが、続日本100名城にも選ばれた 赤木城 です。
「え?こんな山奥に、こんな完成度の高い城が?」初めて訪れると、多くの人がそう驚きます。実際に驚きました!( ゚Д゚)
この城を築いたのは、“築城の名手”として名高い 藤堂高虎 。
そして背後にいたのが、豊臣政権を支えた名補佐役 豊臣秀長 です。
赤木城は単なる山城ではありません。
ここには、
・豊臣政権による熊野支配
・北山一揆という戦乱
・中世山城から近世城郭へ変わる“進化の途中”
・藤堂高虎の築城センスの原点
――そのすべてが詰まっています。

赤木城とは? 豊臣秀長が熊野支配のため築かせた城
1585年、豊臣秀吉による「紀州攻め」により熊野地方は豊臣政権下に入ります。
この地域を任されたのが弟の 豊臣秀長 。
しかし熊野は簡単に従う土地ではありませんでした。
険しい山々に囲まれた奥熊野では、地侍たちによる「北山一揆」が発生。
そこで秀長は家臣だった 藤堂高虎 に命じ、この地の支配拠点として赤木城を築かせます。
当時の高虎はまだ若き武将。
しかし後に今治城・宇和島城・津城・伊賀上野城など数々の名城を築く“築城の天才”へ成長していきます。
つまり赤木城は――「藤堂高虎築城術」の原点ともいえる城なのです。

赤木城が凄い理由|“中世”と“近世”が混ざる過渡期の城
赤木城最大の魅力は、「山城なのに、近世城郭の先進性を持っていること」。
山の尾根を利用した典型的な中世山城でありながら、
★高石垣
★虎口
★横矢掛かり
防御を意識した導線など、後の近世城郭につながる要素が見られます。
特に「敵に攻められにくい入口設計」は必見。
高虎はこの時点ですでに、“見せる威圧” “防御の合理性”を両立し始めていたのです。


主郭からの絶景 ― “天空の城”感が凄い
赤木城は標高約230mの山上にあります。
主郭から眺める熊野の山々は圧巻。
特に朝霧が出る日は、まるで天空の城。
戦国時代、この景色を見ながら高虎や兵たちが警戒していたと思うとロマンが止まりません。

赤木城は「北山一揆」の歴史も知るとさらに面白い
赤木城は単なる観光地ではありません。
この地では一揆鎮圧後、多くの人々が処刑された悲しい歴史もあります。
近くには「田平子峠刑場跡」も残り、城と政治、支配と抵抗のリアルな歴史を感じられます。
だからこそ赤木城は、
“戦国の現実”が色濃く残る城とも言えるのです。
御城印の販売場所
赤木城の御城印は、道の駅 熊野・板屋九郎兵衛の里 で購入できます。
ここでは、赤木城御城印限定版御城印藤堂高虎武将印などが販売されることもあります。
城好きならぜひ立ち寄りたいスポットです。
所在地:〒519-5413 三重県熊野市紀和町板屋82番地
続日本100名城スタンプ設置場所
続日本100名城スタンプ(No.155)は、道の駅 熊野・板屋九郎兵衛の里に設置されています。
以前は紀和鉱山資料館でしたが、現在は道の駅へ変更されています。
アクセス方法
車の場合
熊野尾鷲道路「熊野大泊IC」から車で約40分。
駐車場も整備されており、城跡近くまでアクセス可能です。
電車・バスの場合
JR熊野市駅からバス利用。
本数がかなり少ないため、レンタカー推奨です。
赤木城は“城好きほど感動する城”
派手な天守はありません。
巨大な城下町もありません。
しかし赤木城には、戦国のリアル豊臣政権の地方支配藤堂高虎の原点中世から近世への進化その全てがあります。
そして何より――「山城なのに、美しすぎる」この一点だけでも、行く価値があります。
熊野の深い山中で出会う石垣の絶景。
ぜひ現地で体感してみてください。




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